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Hideo
Matsumoto

松本 英夫Technical Producer

インターネットが大量消費される時代とともに生きてきた

NCSA Mosaicが日本語化された1993年にインターネットに出会った。
画像とテキストが実にいい感じにレイアウトされたMosaicはまさに衝撃だった。

一太郎に画像を組み込むのすら、花子がなければできなかった時代に(誇大表現です)、当時は雑誌でしか読んだことのないAppleのHyperTalkにも似た、あるいはPC-100を初めて操作したとき以来の、未来が一気にやってきた感じがした。

Mosaicは別格だった。当時のX windowで動くソフトの中では最高の部類に入ると思う。ロード中に地球がクルクル回るんて、最高の表現だと思った。オレもMotif toolkitを使えばあんなステキなソフトが書けると思った時代があったが、全くそんなことはなかった。

当時のインターネットではWebは新参者で、NetNewsも、Anonymous FTPも、Archieも、Gopherも使ったけど、WebあるいはMosaicは文字通り段違いだった。(テキスト狂いの自分はNetNewsを読むのに奪われる時間も段違いだったが)

Mosaicは最高のおもちゃだった。すぐに夢中になった。当時のHTMLは、tableタグも、fontタグも、当然CSSもJavaScriptもなく、ただ上から下に並べるだけだったから、誰が作っても似たようなサイトになった。つまりデザインなんてほとんど必要なかったのだ。(tableタグはその後割とすぐに実装された)

Hotlist(Bookmarkという言葉はマークアンドリーセンがNCSAを抜けて作ったMosaic CommunicationsがリリースしたMosaic Navigatorから使われるようになった)に気に入ったサイトを沢山登録した。最初はフォルダ分けなんて機能はなかったから、エントリが増えすぎて画面一杯になったりすることは良くあった。そうなったらhotlistを別HTMLにしてローカルに保存するのだ。

HTMLを書けば今度は公開するサーバーが必要になり、NCSA httpdをインストールして、CGIという仕組みに出会った。まだkentwebもとほほ入門もない時代だ。
シェルスクリプトでCGIを書いて、IFS=&してQUERY_STRINGをevalするのが最高にクレバーだと思っていた時代だ。(今から考えれば本当にアホみたいだ)

当時はUNIXの設定ができて、NCSA httpdの設定ができて、少々のHTMLとCGIが書ければ好待遇のバイトなんていくらでもあった。ご多分に漏れず、自分にもWebサーバー管理のバイトの声がかかった。
行った先の会社はデザイン会社で、それまでMacromedia DirectorのマルチメディアCD-ROMを作っていたが、今度からWebをやると言う。
デザイン会社では、デザインの力を思い知った。技術上の表現手法が限られていても、グラフィックとレイアウトの力で、高い評価と単価を得ることができるのだ。

そうやって、NCSA Mosaicは、インターネットのキラーアプリとなり、インターネットが広帯域化して、Webは大量消費されるメディアと変化していく流れの先鞭となった。

私は、インターネットが大量消費される時代とともに生きてきた。

NCSA MosaicがMosaic Navigatorになり、商標問題ですぐNetscape Navigatorに代わり、SpyglassをライセンスしてInternet Explorerが出て、Operaが出てFirefoxが出てChromeが出て、FutureSplashがFlashになりAppleに殺されて、いつの間にかスクリーンはPCからモバイルに移っていた。
マルチキャストがストリーミング通信の帯域問題を救うはずが、光ファイバー上のWDMと世界中に遍在するCDNと、しびれるほど多数のunicastがインターネットを満たしている一方で、人類は未だ光速を超えることはできず、太平洋を越えるRTTは大して変わらない。

imgタグとその他数個のタグで出来ていたHTMLは、いつのまにか膨大な標準規格の上にそびえ立つモノリスとなった。

もはや私には、あまりに巨大になったWeb技術の全てを知ることはできないけど、あの日NCSA Mosaicを起動した時から、やっていることは大して変わらず、マウスカーソルの先にあるReloadボタンを押している。

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Haruko Ishibashi

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